過失のある被害者でも100%の賠償を受ける方法~人身傷害保険と訴訟基準差額説~

2023年7月23日

皆様、こんにちは。

優誠法律事務所です。

今回は少し趣向を変えて、訴訟基準差額説と言われる「双方に過失がある事故でも過失割合0:100と同じ賠償を受けられる方法」をご紹介したいと思います!

前回、信号のない十字路交差点での交通事故の過失割合が争点になった事例(過失割合を修正できた事例~~十字路交差点(信号なし・一時停止なし・同幅員(左方優先の交差点))の交通事故~)をご紹介しました。

その被害者であるNさんは、当初相手方に過失割合60:40でNさんの過失の方が大きいと主張されていたために、お怪我をされていたのに相手方保険会社が治療費を病院に払ってくれませんでした(この相手方保険会社が病院に直接治療費等を支払う方法を「一括対応」といいます。)。

そのため、Nさんは、ご自身の自動車保険の人身傷害特約を使って、ご自身の保険会社から治療費を払ってもらいました。

その後、私たちが交渉した結果、Nさんは過失割合40:60で示談することになりました。

今回の事例のように、人身傷害保険が先行して治療費や慰謝料を払っている場合、相手方保険会社は過失割合を考えると被害者が既に十分な賠償を受けているなどと主張して、示談交渉に応じない場合があります。つまり、Nさんの事例だと、相手方には過失60%があるにも関わらず、相手方保険会社は全く損害賠償をしないということもあり得るのです。

今回は、その仕組みとそれでも相手方保険会社に損害賠償をさせて100%の賠償金を受け取る「訴訟基準差額説」という考え方についてご紹介します。

過失割合がある事故の一般的な損害賠償の考え方

通常、被害者側にも過失がある事故の場合、治療費・通院交通費・休業損害・入通院慰謝料・後遺障害慰謝料・逸失利益などの損害額の総額を計算し、被害者側の過失割合の分を差し引いた金額が賠償金になります。

例えば、過失割合20(被害者):80(加害者)の交通事故で、損害額が以下のように合計100万円であったとします。

・治療費40万円(一括対応で支払済)

・通院交通費2万円

・通院慰謝料58万円

被害者の過失は20%ですので、100万円の20%に当たる20万円を総損害額から差し引き、被害者が受け取れる賠償金は80万円となります。

また、相手方保険会社が治療費の一括対応で先に医療機関に治療費等を支払っている場合には、本来治療費の80%を支払えばよいところ、20%を払い過ぎていることになりますので、最終的な示談で慰謝料等からこの治療費の20%に当たる部分を差し引くことになります。つまり、上の事例だと、被害者は示談の際に通院交通費と通院慰謝料の合計60万円の80%に当たる48万円を受け取れる訳ではなく、48万円から治療費40万円の20%に当たる8万円を差し引いて、40万円を示談の際に受け取ることになります。

【上記の過失割合20:80の例】

100万円(治療費40万円+交通費2万円+慰謝料58万円)

 -20万円(100万円×過失20%)

 -支払済治療費40万円

 =示談金40万円

上の事例は、被害者側の過失20%の場合でしたが、過失割合が60(こちら側):40(相手方)の場合や、70(こちら側):30(相手方)のように過失割合が大きい場合には、相手方保険会社は治療費の一括対応をしてくれません。そこで、ご自身やご家族の自動車保険に「人身傷害特約」が付いている場合には、人身傷害特約を使って治療を受けるという方法があります(「人身傷害特約」については、こちらの記事でもご説明していますのでご覧ください。)。

人身傷害特約を使う場合、治療が終わると人身傷害特約の保険契約に基づいて慰謝料も支払われます。例えば、上の事例で人身傷害特約によって計算された通院慰謝料が30万円だったとすると、ご自身側の保険会社から治療終了後に通院交通費2万円と慰謝料30万円が支払われます。そして、多くの方は、この人身傷害特約からの保険金を受け取るだけで相手方への請求をしません。

これは、既に人身傷害特約から慰謝料ももらっているからそれで十分と考える人や、相手方にも請求できると知らない方が多いということもありますが、相手方保険会社に「人身傷害特約から保険金を受け取っているので、もう支払えるものがありません」と言われて納得してしまう場合も多いと思います。

つまり、上の事例で過失割合が60:40だったとすると、総損害額100万円に対して、当事者の過失割合60%分(60万円)を差し引くと相手方に請求できる損害は40万円になります。そして、人身傷害特約から治療費40万円と通院交通費2万円と通院慰謝料30万円の合計72万円を払ってもらっていますので、相手方に請求できる40万円を超えているために、相手方保険会社は「もう支払えるものがない」と説明する訳です

【過失割合60:40の例】

100万円(治療費40万円+交通費2万円+慰謝料58万円)

 -60万円(100万円×過失60%)

 -支払済人身傷害特約保険金72万円(治療費40万円+交通費2万円+慰謝料30万円)

 =32万円もらい過ぎている(?)

しかし、実はこれは間違っています。裁判所は、「訴訟基準差額説」という考え方を採っており、過失割合60:40でも100%の賠償を受けられる場合があるのです。以下で、詳しくご説明します。

訴訟基準差額説

上で人身傷害特約についてご紹介しましたが、人身傷害保険は、ご自身の過失割合が大きい交通事故などで相手方保険会社が治療費等を支払ってくれない場合に、治療費や慰謝料等を支払ってもらえる保険です。

最高裁判所は、この人身傷害保険については、「保険金請求権者に裁判所基準損害額に相当する額が確保されるように,上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判所基準損害額を上回る場合に限り,その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得する」(最判平成24年2月20日)と判断しています。

判決文は難しい表現ですが、簡単に言うと、人身傷害保険は、被害者が損害額100%の賠償を受けられるための保険であり、人身傷害保険の保険金は被害者の過失分から充当されるということです。

では、これを上の具体例(総損害額100万円、過失割合60:40の事例)で説明してみます。

この事例だと、こちら側の過失割合分を引いた本来の損害額は40万円、人身傷害特約の保険金は合計72万円です。しかし、人身傷害特約の72万円は、相手方保険会社から払われないこちら側の過失分から充当されます。その結果、72万円のうち60万円はこちら側の過失分に充当されます。残りの12万円は、本来こちら側が請求できる部分(40万円)の一部に充当されます。

その結果、こちら側が相手方に請求できる40万円のうち、12万円は人身傷害特約から支払い済となりますので、残りの28万円を相手方に請求できるということになります。

【過失割合60:40の例(訴訟基準差額説)】

100万円(治療費40万円+交通費2万円+慰謝料58万円)

 -60万円(100万円×過失60%)

 -支払済人身傷害特約保険金12万円(治療費40万円+交通費2万円+慰謝料30万円-こちら側の過失分60万円)

 =28万円請求できる!

この28万円を相手方から受け取ることで、人身傷害特約の保険金の72万円と合わせると、合計100万円、つまり総損害額100%を受け取ることができます。

Nさんの事例(訴訟基準差額説で示談)

それでは、前回の記事(過失割合を修正できた事例~~十字路交差点(信号なし・一時停止なし・同幅員(左方優先の交差点))の交通事故~)でご紹介したNさんについても、示談内容をご紹介します。

Nさんには、今回の交通事故で以下のような損害が発生しました。

治療費:20万円

通院交通費:2万円

休業損害:42万円

通院慰謝料:91万円

Nさんは、当初、過失割合60:40を主張されていたため、相手方保険会社が治療費の一括対応をしてくれず、人身傷害特約から治療費を払ってもらいました。そして、治療終了後、人身傷害特約から通院交通費2万円と通院慰謝料66万円を受け取りました。また、治療中に人身傷害特約から治療費20万円が各医療機関に支払われ、Nさんに休業損害42万円も支払われていました。

過失割合については、私たちが交渉で40:60に修正しました。

その後、私たちは、訴訟基準差額説によって損害額を計算して、相手方保険会社と示談交渉を始めました。

【Nさんの損害額(訴訟基準差額説)】

総損害額155万円(治療費20万円+通院交通費2万円+休業損害42万円+通院慰謝料91万円)

 -62万円(155万円×Nさんの過失40%)

 -支払済人身傷害特約保険金68万円(治療費20万円+交通費2万円+休業損害42万円+慰謝料66万円-Nさんの過失分62万円)

 =請求額25万円

当初、相手方保険会社の担当者は、訴訟基準差額説は裁判でないと採用できないと主張していました。私たちの経験上、約半数くらいの担当者はこのような反論をしてきます。また、弁護士は当然に慰謝料を裁判所基準で計算して請求しますが、相手方保険会社は裁判の手前の交渉では少し減額して欲しいと提案してくることが多いです。

訴訟基準差額説を採用しない場合、以下のような計算となり、既にNさんは人身傷害特約から十分な賠償金をもらっているから支払いは0円という主張になります。

【相手方保険会社の主張】

総損害額155万円

 -62万円(155万円×Nさんの過失40%)

 -支払済人身傷害特約保険金130万円

 =Nさんは37万円もらい過ぎ(相手方の過失分の93万円以上を既に受け取っている)

訴訟基準差額説での請求の場合、どうしても交渉では応じないという保険会社の担当者もいますので(最高裁が認めている以上、認めない理由が理解できませんが)、その場合には本当に裁判を起こして解決を目指すことになります。

今回のNさんの場合は、交渉で過失割合を逆転できたものの、当初過失割合60:40と言われていたことにNさんが憤慨していました。そのため、Nさんは、本当に裁判をやってもいいと考えていたので、私たちも譲らない姿勢で交渉しました。

その結果、相手方保険会社も訴訟基準差額説での支払いを了承し、請求していた25万円で示談をすることができました。

まとめ

今回の交通事故では、Nさんは、結果的に人身傷害特約と相手方保険会社から合計155万円の賠償を受けることができ、総損害額の100%を受け取れました。

このように、過失割合がある事例でも、人身傷害特約と訴訟基準差額説を使うことによって、過失割合0:100の事例と同程度の賠償を受けられる可能性があります。

ただ、そもそも人身傷害特約を付けていない場合には、このような解決は望めません。万が一のときのため、人身傷害特約を付けることは強くオススメします。

また、私たちにご相談やご依頼をいただいた方々から、他の弁護士に相談をしたときには訴訟基準差額説や人身傷害特約について説明してもらえなかったというお話も伺います。やはり、交通事故は専門的に取り組んでいる弁護士でないとできないことも多い分野ということなのかもしれません。

私たちの優誠法律事務所では、交通事故のご相談は無料です。全国からご相談いただいておりますので、お気軽にご相談ください。

☎0120-570-670

また、交通事故被害者のための専門サイトも開設していますので、そちらもぜひご覧ください。

投稿者プロフィール

 甘利禎康 弁護士

法律の問題は、一般の方にとって分かりにくいことも多いと思いますので、できる限り分かりやすい言葉でご説明することを心がけております。
長年交通事故案件に関わっており、多くの方からご依頼いただいてきましたので、その経験から皆様のお役に立つ情報を発信していきます。
■経歴
2005年3月 早稲田大学社会科学部卒業
2005年4月 信濃毎日新聞社入社
2009年3月 東北大学法科大学院修了
2010年12月 弁護士登録(ベリーベスト法律事務所にて勤務)
2021年3月 優誠法律事務所設立
■著書
交通事故に遭ったら読む本 (出版社:日本実業出版社)