残業代の獲得に成功した事例その1~ドライバーの待機時間は労働時間に含まれるかを争った事案~
皆さんこんにちは。
今回は残業代請求の具体的な事例をご紹介します。
ブラック企業に厳しい目が向けられる昨今ですが、今なお適正な残業代が支払われていないというご相談をよく受けます。
残業代をめぐっては、管理監督者性が争われるなど、残業代そのものがあるのかどうか不明な場合や、会社側から固定残業代や変形労働時間制の定めがあり、残業代の計算方法が複雑な場合など、ケースによって争点も様々です。
早出残業をしていたり、タイムカードを切ってから残業をしていたりするケースや、そもそも会社が労働時間の管理をしていないケースなどは、労働時間の立証が問題となります。
色々なケースについてご紹介していければと思いますが、今回は、長距離トラックのドライバーの残業代を請求し、裁判で争った事例を紹介します。
一番の争点は、待機時間が労働時間に含まれるのかどうかでした。
同様のことでお困りの方のご参考になれば幸いです。
なお、以前の記事で残業代請求の基本についてご説明していますので、こちら「残業代について詳しく解説!」もご覧ください。
ご相談内容(トラック運転手の残業代)
Aさんから、残業代がきちんと支払われていないので未払残業代を請求したいという相談を受けました。
Aさんは、長距離トラックのドライバーで、関東周辺から遠くは関西まで運転することもありました。労働時間は日によってバラバラで、仮眠をとりながら何日間も運転することもありました。
このような働き方ですから、時間外労働もかなりの時間に上り、残業代も多くなるはずです。
持参いただいた運転日報を見ると、休憩とされている時間が多かったのですが、Aさんの説明では、休憩時間となっている時間のうち、実際に休憩していた時間はごく一部だけで、あとは待機時間だったということでした。
ここでいう待機時間とは、荷積や荷卸まで待機している時間のことです。
Aさんの説明を前提に、運転日報と給与明細を照らし合わせると、未払残業代がそれなりにあることがわかりました。
しかし、運転日報上「休憩」とされている時間について、実際には休憩時間ではなく労働時間だったという主張が認められるためには、その時間に労働していたことを立証する必要があり、その立証は容易ではないとAさんに伝えました。
Aさんは、リスクがあっても未払残業代を請求したいとの意向でした。
そこで、まずは会社と交渉していくことになりました。
残業代の計算方法
残業代は、
時間単価 × 残業時間 × 割増率
の計算式で計算します。
時間単価は、
基礎賃金 ÷ 月平均所定労働時間
によって算出されます。
基礎賃金には、家族手当や通勤手当、賞与などは含まれません。
所定労働時間とは、労働契約上の所定就業時間(始業時刻から終業時刻まで)から休憩時間を引いた時間をいいます。
月平均所定労働時間の算出手順は、次のとおりです。
① 年間所定労働日数を出す。
1年間の日数 - 年間所定休日
② 年間所定労働時間を出す。
年間所定労働日数(①) × 1日の所定労働時間数
③ 12で割る(1ヶ月単位の時間数を出す)。
年間所定労働時間数(②) ÷ 12ヶ月
割増率は、次のとおりです。
・1日8時間超または1週間40時間超→25%増し
・1か月60時間超→50%増し ※当面中小企業は対象外
・休日労働→35%増し
・深夜(22時~5時)→さらに25%増し
ここまでは法律や計算によって明らかにできますが、問題は残業時間です。
残業時間は、実労働時間から所定労働時間を引いた時間ですので、実労働時間を明らかにする必要があります。
実労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間を指しますが、通常、始業時刻、終業時刻及び休憩時間がわかれば確定します。
ドライバーの実労働時間
トラックには、タコグラフという運行記録用計器が搭載されていることが多く、このタコグラフを見れば、トラックが走行している時間は一目瞭然です。
走行している時間は、イコール運転している時間ですから、当然労働時間です。
次に、ドライバーの仕事においては、待機時間が不可避です。
荷積や荷卸の時刻が予め決められていても、その時刻ぴったりに目的地に到着することはまず無理ですし、到着した順に順番待ちになることもあるからです。
この待機時間が実労働時間に当たるのかどうかは、検討を要します。
長距離トラックのような大きな車両を駐車しっぱなしにできる場所などほとんどなく、他の車両の通行の邪魔になったり移動を求められたりすれば、直ちに車両を移動させなければなりません。
また、荷積先や荷卸先から連絡が入れば、すぐに荷積場所・荷卸場所に向かわなければなりません。
つまり、ドライバーは、待機中、トラックを離れることができないのです。
したがって、待機中のドライバーは、いつ業務に当たることになるかわからない状況にあることから、使用者の指揮命令下にあるといえ、待機時間は実労働時間に当たるといえます。
交渉~残業代約300万円を請求~
3を前提として、タコグラフと運転日報をもとに残業代を計算し、会社に対して未払残業代約300万円の支払いを求めました。
会社と満足に交渉できないうちに、残業代請求権の消滅時効が迫ってきたため、裁判所の手続きに進むことになりました。
※残業代請求権の消滅時効期間は、令和2年4月1日よりも前に支払われるべき分については2年間ですが、同日以降に支払われるべき分については3年間です。
手段としては労働審判か裁判ということになりますが、裁判官にきちんと判断してもらいたいとのAさんの意向から、裁判を起こすことになりました。
裁判~待機時間が労働時間に含まれるかが争点~
裁判では、予想どおり、待機時間が労働時間に含まれるかどうかが最大の争点になりました。
運転日報は、「荷積」「荷卸」「休憩」「待機」などのボタンを押して作成される仕様になっていたのですが、Aさんは、待機の時には必ず「休憩」ボタンを押すようにという社長の命令に従っていたため、実際には待機していた時間も、運転日報上は休憩と扱われ、待機時間とされている時間はほとんどありませんでした。
長距離トラックのドライバーが複数の取引先を回って荷積や荷卸をする際、3において述べたとおり、待機時間が生じることは不可避であることから、待機時間がほとんどないということはあり得ないと考えられます。
裁判でこのように主張しましたが、会社側は、運転日報上「休憩」とされている時間はAさんが自ら「休憩」ボタンを押した時間であり、実際には休憩ではないのに休憩ボタンを押すことなどあり得ない、仮に休憩時間とされている時間の中に待機時間があるとしても、待機時間は業務から解放されているため休憩時間である、と反論してきました。
これに対し、こちらは、ドライバー同士のやり取りで「待機時間も社長から「休憩」ボタンを押すように命令されている」としているLINEを証拠として提出しました。
また、休憩時間とは、労働者が労働から離れることを保障され、使用者の指揮監督下から離脱している時間であるところ、3で述べた事情からすれば、待機時間は休憩時間ではなく労働時間に当たると再反論しました。
そして、Aさんには当初から和解で終わらせるつもりがなかったため、判決に向けて、残業代を請求している期間の全ての日について、始業から終業までAさんがどのように働いたのかを詳細に説明しました。
裁判官が判決を書くに当たり、準備書面のWordデータ提出を求められるであろうことを見越してのことです。
荷積や荷卸の前に待機時間が生じることは理屈からして自明であると考えられたため、こちらの主張が認められる可能性はそれなりにあると踏んでいましたが、裁判官は強く和解を勧めてきました。
その際、裁判官からは、判決になれば、運転日報上「休憩」とされている時間が全て休憩時間として扱われる可能性もあると言われました。
和解協議ではよくあることですが、会社側には逆のことを言って説得していたと推測されます。
このような経緯を経て、Aさんは最後には和解することを選びました。
和解金は200万円超でした。
運転日報上の「休憩時間」が全て実際に休憩時間として扱われればそこまでの金額にはならなかったので、実質的には勝訴に近い和解だったといえます。
まとめ
このように和解で終わったので、待機時間が労働時間に当たるのかどうかについての裁判官の判断を知ることはできませんでした。
裁判官にとっても判断が難しいような微妙な事案だったのかもしれません。
残業代については、ケースによって争点も様々で、当該事件についてどういった点が争点となるのかを早い段階から把握し、事案の整理や証拠収集等をしていく必要があります。
中には複雑な争点もありますし、就業規則等を確認しないと争点を見落とすこともありますから、残業代を請求するに当たっては、やはり弁護士に相談することをお勧めします。
優誠法律事務所では、残業代に関するご相談を初回無料で承ります。
まずは是非一度ご相談ください。
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投稿者プロフィール
約10年間の専業主婦時代を経て弁護士になり、これまで、離婚や労働を始めとする民事事件、そして、刑事事件を数多く手がけてきました。今までの経験をご紹介しつつ、併せて法的なポイントを分かり易くお伝えしていきます。
■経歴
2000年3月 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業
2013年3月 早稲田大学大学院法務研究科修了
2015年12月 最高裁判所司法研修所(東京地方裁判所所属) 修了
2016年1月 ベリーベスト法律事務所入所
2023年2月 優誠法律事務所参画
2024年1月 企業内弁護士に転身
■獲得した判決
東京地裁判決令和2年6月10日判決(アクサ生命保険事件)(労働判例1230号71頁)